大阪高等裁判所 平成元年(ネ)842号 判決 1990年6月21日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 大阪地方裁判所昭和五九年(ケ)第九八二号不動産競売事件につき、新たな配当表の調整のために、昭和六三年一月二〇日に作成された配当表の順位二番の被控訴人の項のうち、「利息・損害金」、「合計」及び「配当等の額」について、いずれも一五〇〇万円を取り消す。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文に同じ
第二 当事者の主張
原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
但し、次のとおり付加、訂正、補足をする。
一 主張の訂正等
1 原判決二枚目表五行目の「昭和六二年」を「昭和五九年」と、同枚目裏七行目の「被告の配当額」を「被控訴人の項のうち、「利息・損害金」、「合計」及び「配当等の額」」と、同三枚目表八行目の「和議債権者」を「和議債権」と、同表九行目の「その後確定した。」を「同年六月二〇日確定した。」と、それぞれ改める。
2 同三枚目裏三行目の「昭和五四年三月」を「昭和五四年六月」と同裏九行目の「合計一三〇万円」を「合計八五万円」と、同五枚目表四行目の「被告の配当額」を「被控訴人の項のうち前記の部分」と、それぞれ改める。
3 同五枚目表一一行目の「その後確定した」を、「同年六月二〇日確定した」と、同枚目裏七行目の「本件和認可」を「本件和議認可」と、それぞれ改める。
4 同六枚目裏一二行目の「和議債権を有しないことになる」を「和議債権として届出をした債権について和議手続外で権利を行使する」と、同七枚目表一一行目の「重要」を「重要な」と、それぞれ改め、同枚目裏一一行目の末尾に「。」を加える。
二 当審での新たな主張
1 控訴人
(一) 消滅時効
前記非和議債権(被控訴人の訴外会社に対する債権のうち和議手続において非和議債権として届出がなされた債権)六〇〇万円については、なんら和議条件に拘束されず自由に行使しうる債権であるから、債権の本来の弁済期から商事債権として五年の消滅時効が進行し、個々いずれの債権が非和議債権に該当するとしても、本件競売申立時には、既にその全部について消滅時効が完成していたものである。
また、被控訴人の訴外会社に対する債権のうち、和議手続で和議債権として届け出られた残余の債権四七〇四万七一三四円については、無担保の債権として和議条件に従った弁済がなされることになるから、弁済期や消滅時効の始期についても和議条件に従って変更されているはずであるが、仮に被控訴人主張のように、和議債権として届け出られた債権についても、抵当権実行による満足を受けられるものとするならば、右のような和議債権のいずれについても、被控訴人としては随意抵当権を実行して満足を受けられることとなるから、結局これらの債権は非和議債権そのものであるということになる。
そうだとすると、右債権の消滅時効についても、個々の債権の本来の弁済期から進行するか、あるいは仮に和議債権の届出が時効中断事由にあたるとしても、本件和議認可決定が確定した昭和五三年六月二〇日以降再び時効期間が進行し、それから五年経過後の昭和五八年六月二〇日の経過をもって、右和議債権についても、その全部につき消滅時効が完成したものである。
以上のとおり、被控訴人が本件競売を申し立てた昭和五九年六月二九日には、被控訴人の訴外会社に対する債権はすべて時効により消滅していたものである。
被控訴人の後記主張は、和議債権の行使については何ら和議条件の拘束を受けないが、その消滅時効の進行については和議条件の恩恵を受けるとするもので、矛盾した主張というべきである。
控訴人は抵当物件の所有者として、消滅時効の利益を受けうる立場にあり、右消滅時効を援用する。
(二) 被控訴人の主張(二)のうち、その主張する計算関係については認める。
2 被控訴人
(一) 控訴人の主張(一)は争う。
(1) 被控訴人の訴外会社に対する債権(約束手形買戻請求権、総額(元本)は和議債権届出当時五三〇四万七一三四円)については、そのうち四七〇四万七一三四円分について昭和五三年四月に和議債権として届出をしたことにより、非和議債権として届出をした六〇〇万円分をも含め総債権五三〇四万七一三四円について消滅時効が中断し、本件和議の和議条件による最終弁済期である昭和六〇年六月二〇日から再び進行するものである。
(2) 右非和議債権六〇〇万円については、別紙支払明細表の最終弁済の日である昭和五六年一一月三〇日に消滅時効は中断しており、被控訴人はこれから五年内の昭和五九年六月二九日に本件競売の申立をしているし、残余の和議債権については、昭和五三年四月の和議債権の届出によって消滅時効が中断し、本件和議の和議条件による最終弁済期である昭和六〇年六月二〇日から再び進行するものである。
(二) 控訴人の主張する請求原因2(四)後段の昭和五四年三月一九日の五〇万円の弁済をはじめとする訴外会社の被控訴人に対する八五万円の弁済については、これを争うが、たとえこれがあったとしても、被控訴人は本件配当表作成時において訴外会社に対し、元金三五二三万五三三四円、遅延損害金六四七一万四〇二九円を有することとなり、遅延損害金の一部について配当を受けるにすぎないという点については、なんら変わりはない。
第三 証拠<省略>
理由
一 当裁判所の判断は、原判決の理由一から三の2まで(原判決八枚目表四行目から同一二枚目裏五行目まで)と同一であるから、これを引用する。但し、次のとおり付加、訂正、補足をする。
1 原判決八枚目表一一行目の「権利」を「権利(議決権)」と、同表末行目の「その後確定した」を「同年六月二〇日確定した」と、同枚目裏一行目の「五四年三月」を「五四年六月」と、それぞれ改め、同裏七行目の「原告は、」の次に「訴外会社が、」を加える。
2 同八枚目裏一一行目冒頭から同九枚目裏末行目までを全部削り、次のように改める。
「○万円を支払ったと主張するが、たとえこれらの弁済があったとしても、控訴人主張の本件根抵当権の被担保債権を六〇〇万円とするとの合意が認められるか、あるいは控訴人の『被控訴人は本件根抵当権の極度額一五〇〇万円から訴外会社の弁済額を控除した額についてのみ配当を受けられる』との主張が理由あるものとされない限り、被控訴人は、本件配当表作成時に、元金として三五二三万五三三四円、遅延損害金として六四七一万四〇二九円を有することとなって(この点は当事者間に争いがない。)、本件配当表に違法はないこととなるから、以下、まず控訴人の右の主張について判断することにする(なお、消滅時効の主張については、被控訴人の訴外会社に対する債権全体の存否にかかわるものであるから、後に判断する。)。」
3 同一〇枚目裏四行目の「議決権額の基準」を「議決権行使の基準」と改める。
4 同一〇枚目裏七行目全部を次のように改める。
「同様というべきであって、これはあくまで予定にすぎず、和議債権額(反面からいえば非和議債権額)を確定するものではない。したがって、抵当権者の抵当権の目的物が予定より高額に処分された場合、抵当権者は本来の被担保債権額の範囲内(但し、極度額が定められた場合は、その限度内)で配当をうることができ、控訴人主張のごとく届け出た非和議債権額の限度でしか配当を受けられないものではない。」
5 同一〇枚目裏八行目の「予定不足額の届出」を「予定不足額(和議債権)及び抵当権等の被担保債権(非和議債権)の届出」と、同裏一二行目の「鑑みても」を「考えても」と、それぞれ改める。
6 同一一枚目表一〇行目の「合意の存在を認めるに足る証拠はない。」を「合意についての主張もなく、その存在を認めるに足る証拠もない。」と改める。
7 同一二枚目表八行目冒頭から同枚目裏五行目までを全部削り、次のように改める。
「被控訴人が受けたことは、その自陳するところである。
そこで、以上に基づいて、被控訴人が本件配当表作成時の本件根抵当権の被担保債権として訴外会社に対して有していた債権額を考えると、控訴人が主張しているところの訴外会社から被控訴人に対する前記争いある八五万円の弁済がなかったとすると、元本三六〇八万五三三四円、遅延損害金六六〇三万九八七九円(以上については、控訴人において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。)であり、また、同額の弁済があったとすると、元本三五二三万五三三四円、遅延損害金六四七一万四〇二九円(以上については、当事者間に争いがない。)となる。
そうすると、同額の弁済の有無にかかわらず、被控訴人が遅延損害金のうち一五〇〇万円の限度で配当を受けられるという点では変わりがないから、控訴人の同額の弁済の主張について、判断するまでもないといわなければならない(なお、消滅時効の主張については、被控訴人の訴外会社に対する債権全体の存否にかかわるものであるから、次に判断する。)。」
二 控訴人が当審で新たにした消滅時効の主張について
控訴人は、被控訴人の訴外会社に対する債権のうち非和議債権六〇〇万円はその弁済期日から、その余の和議債権も同じくその本来の弁済期日から、それぞれ五年の商事債権の消滅時効が進行し、したがって、被控訴人の訴外会社に対する債権は、被控訴人が本件競売の申立をした昭和五九年六月二九日には時効により消滅していたと主張するから、この点について判断する。
1 まず、債権者は、和議手続で債権届をする際、その債権のうちいずれの部分が和議債権に該当し、いずれの部分が非和議債権に該当するかを具体的に明示する必要はない。そして、本件で、被控訴人がその債権(割引手形買戻請求権)についてした債権届も、単に被控訴人の有する総債権(元本)のうち四七〇四万七一三四円を和議債権とし、六〇〇万円を非和議債権として届け出られている(<証拠>)にすぎないから、被控訴人の総債権のうち和議債権及び非和議債権として届出があった各部分についてそれぞれ時効中断事由の有無を判断することにする。したがって、和議債権の時効中断事由によって非和議債権を含む総債権全体について時効中断の効果があるとする被控訴人の主張は判断する必要がないことになる。
2 被控訴人の前記債権のうち、和議債権として届け出られた四七〇四万七一三四円相当分は、昭和五三年四月二〇日受付の和議債権の届出(<証拠>)によって消滅時効が中断し、右和議手続の終結時すなわち本件和議の和議条件による最終弁済期日から再び消滅時効が進行すると解するのが相当であるが、その理由は次のとおりである。
届出債権の時効期間の進行を和議手続中は停止するとしないことには、その手続中に債権が消滅時効にかかり和議手続そのものが瓦解してしまうことになる。和議法附則二項は、そのことをうたった注意規定である。そうすると、停止していた消滅時効は、和議条件による最終弁済期日から進行するとするのが、停止事由との関係でもっとも合理的であるといえる。
ところで、<証拠>によると、本件和議の和議条件は、別紙和議条件のとおりであるから、右の最終弁済期日は、当事者間に争いのない本件和議認可決定確定の日である昭和五三年六月二〇日から七年後の昭和六〇年六月二〇日となり、被控訴人が本件競売の申立てをした昭和五九年六月二九日(<証拠>)までには、まだ和議条件による弁済が終わっておらず、したがって、消滅時効が完成していない筋合である。
3 次に、被控訴人の前記債権のうち、非和議債権(根抵当権の被担保債権)として届け出られた六〇〇万円相当分は、その本来の債権(割引手形買戻請求権)の弁済期日から消滅時効が進行し、その中断事由は、民法一四七条によると解するのが相当である。
ところで、訴外会社は、被控訴人に対し、非和議債権の弁済として、少なくとも別紙支払明細表どおり、合計五七〇万円の弁済をしたことは当事者間に争いがない。そして、訴外会社が、同支払明細表の各弁済をする際、被控訴人の有する二八通(<証拠>)の各手形のいずれの買戻請求権について弁済するかを明示して各弁済をしたことが認められる証拠はなく、<証拠>(相互銀行取引約定書-九条)、<証拠>(いずれも約束手形)によると、被控訴人は、和議手続外の弁済という趣旨で金員を受領後、これらを適宜の手形買戻請求権に充当したことが認められるから、右の各弁済により、その都度、被控訴人の訴外会社に対する前記債権のうち非和議債権として届け出られた部分の全部(但し、弁済充当により消滅した遅延損害金及び元本を除く。)について、訴外会社がこれを承認したものとして時効が中断したとしなければならない。
そうすると、被控訴人は、昭和五九年六月二九日に本件競売の申立をしたわけであるから、これは、前記支払明細表の最終弁済期日である昭和五六年一一月三〇日から五年を経過していないことが明白である。
4 以上の次第で、和議手続で債権届をする際、和議債権として届け出られた分も非和議債権として届け出られた分も、控訴人が主張する本件競売の申立があった昭和五九年六月二九日までには時効によって消滅したとするわけにはいかないから、控訴人の当審での新たな主張は、採用できない。
なお、一言付加すると、確かに、控訴人主張のとおり、被控訴人が当初和議債権として届け出た債権のうち本件競売手続で配当を受けうる部分については、和議条件の拘束を受けずに満足をうることができるばかりか、消滅時効の中断については和議手続での債権の届出によって中断していることとなる。
しかし、債権者と債務者等の間で前記のような別除権の被担保債権(非和議債権)の債権額を特定する特約をすればともかく、債権者が、和議手続で債権を届け出たことで、直ちに和議、非和議債権の内容及び金額が具体的に確定されるものではないから、債権者は、その全債権について、和議手続では和議条件に従い、根抵当権実行手続ではその極度額の範囲内で、両方の手続から満足がえられるわけである。したがって、担保目的物が予想より高額に換価された場合には、債権者は、当初非和議債権として届け出た債権にとどまらず、当初和議債権として届け出た債権の一部又は全部についても担保物の競落代金から配当を受け、そのうえ、担保権実行によって満足が得られなかった残債権については、和議条件に従って弁済を受けることになる。そうすると、債権者は、この関係ではまことに有利な立場にたつことになるが、このことは、和議制度の当然の帰結であって、やむをえないものというほかはなく、前記のように、和議債権として届け出たことによって消滅時効が中断された債権の一部又は全部について、後に担保権実行により満足をうることについても、同様にやむをえないものというほかはない。
三 むすび
被控訴人は、本件配当表作成の時点で、少くとも、六四七一万四〇二九円の遅延損害金債権を有していたから、同額が、本件根抵当権の極度額である一五〇〇万円を超えていることは明白である。したがって、このことを前提として作成された本件配当表にはなんら違法の点はないことに帰着する。
そうすると、控訴人の本件請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当である。そこで、本件控訴は、理由がないから棄却することとし、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古嵜慶長 裁判官 上野利隆 裁判官 瀬木比呂志)